1825年(文政8年)

江戸・日本橋小舟町に
紅屋「伊勢半」を創業。

江戸の町人文化が花開き、化粧文化も一般庶民に普及した江戸時代後期、文政8年(1825年)初代澤田半右衛門が小舟町(現在の中央区日本橋小舟町1丁目)に紅屋「伊勢屋半右衛門」(通称・伊勢半)を創業しました。

明治期の伊勢半店構え
『東京商工博覧絵.第弐編』
明治18年(1885年)刊行・国立国会図書館所蔵

1825年(文政8年)

紅花を使用した「小町紅」を販売。

良質な紅でつくられた伊勢半の小町紅は、玉虫色の光沢で評判になりました。江戸時代の人々を驚かせた技術力、探究心、品質の高さにこだわる職人気質は現代に受け継がれ、今なお当時と変わらぬ製法でつくり続けています。

創業当時の「小町紅」

現在の「小町紅」

1905年(明治38年)

この頃本所の若宮町(現在の石原町)に移転。

1932年(昭和7年)

この頃から海外の販路を拡充する。

1945年(昭和20年)

東京大空襲で罹災。
焼跡で紙包みのキャンディ型口紅を作る。

1946年(昭和21年)

飯田橋に移転し
「澤田半右衛門商店」の看板で戦後の再出発。

1946年(昭和21年)

「キスミー特殊口紅」を発売。

食糧不足の時代に「唇に栄養を与える」のキャッチフレーズで、初のヒット商品となったのがキスミー特殊口紅です。雑誌の裏表紙全面広告等当時としては斬新な宣伝手法も注目されました。

特殊口紅の雑誌広告

1947年(昭和22年)

株式会社伊勢半に改組。

1950年(昭和25年)

「キスミー特殊香水ヘリオトロープ」を発売。

「超音波醸成装置」によって、短期間でまろやかな香りの商品を誕生させることに成功したキスミー香水・へリオトロープ。「やるせない恋の甘さ」というコピーも話題となり、発表一年目から爆発的ヒットになりました。

特殊香水ヘリオトロープ発売当時の雑誌広告

1952年(昭和27年)

業界初の新聞全面カラー広告を発表。

昭和27年1月1日付の毎日新聞朝刊に、業界でも初めての全面カラー広告を発表し世間を驚かせました。当時はまだカラーフィルムがない時代で、人口着色によるものでした。

1954年(昭和29年)

株式会社 エリザベス設立。

1955年(昭和30年)

「キスミースーパー口紅」を発売。

「キッスしても落ちない」という当時としては大胆なコピーと、男女が今にもキスしようとする瞬間を描写した広告は各所で論争を巻き起こすほどの反響でしたが、みごとに女性たちの心を捉え、製造が追いつかないほどの大ヒット商品になりました。

スーパー口紅の映画館プログラム裏表紙広告

1955年(昭和30年)

キスミー販売株式会社設立。